ミニカー コレクター × カートイワークス

【第5戦 カートイワークス グランプリ】私のミニカーコレクション、過去・現在・未来/陰山彰彦 様(前編)

みなさまはじめまして。私は現在、フリーランスで模型雑誌の編集などを稼業としております陰山彰彦(かげやまあきひこ)と申します。この度、カートイワークスグランプリ第4戦に登場した同業の先輩である高桑秀典氏よりご紹介いただき、こちらのリレーコラムを書かせていただく運びとなりました。どうぞよろしくお願いいたします。

 さて、お話をいただき、テーマについて色々と内容を思案したのですが、やはりここはシンプルに私自身のミニカーコレクションの歴史と、私にとってコレクションとは何か?について書いてみたいと思います。

自動車に対する興味の芽生え

 

 私が生まれたのは1974年のことです。そもそもミニカーの原型である自動車そのものに興味を持ったきっかけは、恐らく自動車好きの父親その影響を受けたであろう5歳年上の兄の存在によるところが大きいと思います。

父はクルマの運転が好きな人で、夏休みなどに家族揃って祖父母が住む関西へと帰郷する際に、冷房(当時はエアコンではなかったのです。。)の無いカローラで汗だくになりながら何時間もかけて東名をひた走ったことをよく覚えていますが、不思議と父は運転自体を億劫に感じている様子も無く、むしろ長距離ドライブを楽しんでいるように見えました。
宿泊先でも、長時間の運転で疲れているであろうはずなのに「あ~~、早く(明日)運転したい……。」とつぶやいたりと、よほど運転するのが好きなんだなと感じました。また、常に愛車を綺麗に保っていたこともよく覚えています。

そんな父の姿を見てか兄も無類のクルマ好きでして、スーパーカーブームのドンピシャ世代ということもあり、ミニカーやラジコン、カー消し、カード類や図鑑などの本など、様々なスーパーカーグッズを所有していました。つまり、私が物心ついた頃にはそんな沢山のグッズに囲まれた環境だったわけでして、私が自動車に興味を持ったのもごく自然な流れだったのかもしれません。


私が幼少の頃に活躍してくれた2代目と3代目のカローラ。父の愛車は最初こそサニーでしたが、その後はトヨタ党で昭和のファミリーカーの規律に従い(!?)カローラコロナマークIIと続き、“いつかはクラウン”だけ果たせず最後は再びマークIIでした。車庫のサイズが合わず断念したのですが、しかしながら今思えば乗せてあげたかったですね~。

 


こちらは幼少期の頃に夢中になって読んでいた図鑑です。特に左の図鑑はクルマだけでなく鉄道や船などの乗り物全般と交通インフラまで詳細に載っており、未来の都市交通(いわゆる空飛ぶクルマやチューブを走る列車など)を描いた絵に胸をワクワクさせたものでした。

 

ミニカーとの馴れ初めとコレクションの始まり

 

 自動車に興味を持ったもうひとつの要因としては、子供の頃にテレビで放映されていた『西部警察』を代表とする刑事ドラマや『トランザム7000』のような映画の影響も多分にありました。その劇中で活躍するマシンXトランザムの姿に憧れ、ド派手なカーチェイスに熱くなったのをよく覚えています。

劇中のカッコいいシーンを思い浮かべながら、手持ちのトミカで遊ぶのが何よりも楽しい時間でした。それゆえ、どこかに出かけた際などに、両親にねだるおもちゃの代表格は自然とトミカが多くなり、すでにトミカで遊ばなくなっていた兄からのお下がりも加えて、かなりの量のトミカが当時の私にとっての“友達”かつ“宝物”となっていました。この頃がミニカーとの付き合いの始まりだったと言えます。


子供の頃に遊んでいたトミカは今でも残っています。もっぱら私の愛車は一番手前のジャパン・ターボで、これで大門団長になりきって遊んでいました。奥のキャリアカーはトミカではなくシンセイミニパワーの三菱オートキャリアです。サイズがちょうど合うので大活躍してくれました(笑)

 

 その後は、ゲームウォッチやファミコンなどが出始め、親におねだりするアイテムは徐々に多様化していきましたが、相変わらずクルマが好きなことには変りがなかったため、小学3年生の頃に初めて自分のお小遣いでトミカを買いました。

当時の自分としては、すでにトミカで遊ぶのは少し子供っぽく感じており、トミカが欲しい気持ちとトミカは卒業するべきかな?といった、今考えるとなんとも恥ずかしくも可愛らしい(自分で言うのもなんですが。。)子供なりの葛藤を抱えつつも、最終的には「これはおもちゃとしてではなく、コレクションのために買うのだ!」と結論を出して買ったことを覚えています。

今思えば、この時に下した私なりの決断がミニカーを集めるという行為を明確に認識した瞬間であったとともに、ミニカーコレクションの記念すべきスタート地点だったと思います。

 


こちらは遊ぶためではなくコレクションのために買い始めた以降に手に入れたトミカ達。
最初に自分で買ったのは左上の写真の一番手前にある黒いソアラでした。その後はおもちゃ屋さんを回ったりミニカーショップで特注モデルを買ったりしながらコツコツとコレクションしていました。右下の
トランザムのセットは最近になってようやく手に入れたものです。

 

メインの対象はトミカからプラモデルへ

 そんな心の成長?(笑)を経ながら、トミカはその後も現在に至るまで、マイペースにコレクションを楽しんでいるのですが、小学校も高学年になると、もはや最初から完成されたミニカーでは飽き足らないようになり、自分で好きなように作り上げることの出来るプラモデルへと興味の矛先が変わっていきました

その頃はすでにガンプラなどで模型製作の心得は得ていたので、プラモ道への入信はわりとスムーズに行われ、当時はプラモデルも比較的に安価だったことも手伝って、その後はバカスカと製作しまくりました。それこそ、5年生か6年生の頃の夏休みの自由研究としてタミヤのポルシェ956を提出したこともあります。今考えると「さすがにあれは無しだろ。。」と反省してますが……(笑)

 そのくらいプラモデルに熱心な日々を過ごしていたのですが、学校のテスト期間や高校の受験勉強などで徐々にプラモデルを作る時間が取れなくなってゆき、いつしか未製作の箱がどんどんと積み上がっていくようになってしまいました。。
その結果、早く見たいはずの完成形の姿をいつまで経っても見れない歯痒さを覚えていくことになります。その打開策となった一件については後ほど触れたいと思います。


プラモデルの入門となったのはガンプラのほかに、伝説の食玩「ビッグワンガム」の存在も外せません! 今回撮影のためにあれこれと部屋を物色していたら、捨てたとばかり思っていた当時のプラモがいくつか発掘されました。懐かしい~~!!


辛うじて生き残っていた当時のプラモデルです。部屋の隅に長年放置されていたのでパーツが無かったりホコリを被っていたりと散々な状態ですがご容赦ください。。箱もいくつかは取ってありまして、真ん中のポルシェ956は件の自由研究で作った一品です(笑)

 

 また、この頃になるとスーパーカーだけでなく、幅広い車種の自動車に興味を持ち始め、テレビで放映されていた『カーグラフィックTV』や『モーターランド2』などを録画しながら視聴したり、自動車雑誌や漫画『GTロマン』などを貪るように読んでは知識を蓄えていきました。

時はバブル真っ盛りの頃で、世の中ではポルシェ959フェラーリF40などが登場し、自動車シーン全体が熱く盛り上がっていました。そんな憧れのスーパーカーに夢中になる一方で、ACコブラハコスカGT-Rフェラーリ250GTOといったヒストリカルなシブめクルマにも興味が沸き始め、自分の守備範囲がもはや新旧も洋の東西も問わず自動車ならなんでもという状態へと広がっていきました。

それまで重視していたスペックやスタイルの良さだけではなく、そのクルマが持つ個性誕生した背景その後の自動車業界に与えた影響などに関心が芽生え、自動車という文化に触れること自体に喜びを感じるようになりました。

 

アイラブポルシェ」や「ノスタルジックヒーロー」はクルマを道具としてではなく趣味の対象として見る様になるきっかけを与えてくれた雑誌でした。「カースタイリング」は自動車のデザインにフォーカスしたコンセプトにシビレましたね~。ただ、当時は高くて買えなかったです。。 なお写真のものは後年に買った一冊です。

サーキットの狼」や「よろしくメカドック」とは少し世代がズレるため、マンガはもっぱら西風氏の作品をよく読んでました。登場するシブい名車の数々と一連の作品に共通して流れる“エンスージアスト”というスタンスに憧れを抱いていました。

 

 さて、高校生になると今後の進路を色々と考えるようになるわけですが、父は家電メーカー勤務、兄もその頃は自動車メーカーへと就職しており、当然自分も理系に進むべきという勝手な固定概念に縛られ、あまり深く考えないまま理系のクラスに在籍してしまいました。

漠然と自分も自動車関係に進めたらいいなぁ~なんて妄想していたのですが、よくよく考えると自分はあまり数学が得意ではないことに気付きます。。(笑)

 また、どちらかと言うと、クルマのデザインや自動車文化により興味があることを自覚したため、一念発起して文転することを決意。ゆくゆくはデザイナー出版社に入って自動車関連の記事を書くこと夢を託すことにしたのです。それが高校3年の夏のことでした。

 

 さて、ここまで幼少期から高校時代までをご紹介してきましたが、その後の経歴とコレクションライフについては後編でご紹介したいと思います。

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陰山 彰彦

陰山 彰彦

1974年、神奈川生まれ。小学3年生よりトミカを集めはじめ、プラモデルを経て、現在は1/43ミニカーをメインに集めるミニカーコレクター。 愛車は25年の付き合いとなるカローラ・レビン(AE86)。大学卒業後はIT会社へ就職するが夢を捨てきれず出版社「ネコ・パブリッシング」に入社し、現在はフリーランスのエディター兼ライターとして目下奮闘中。
陰山 彰彦

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